書くのが遅すぎて投稿感覚が1ヶ月以上空いてしまった…
今回は鳴尾にいたPJ-KVのお話です。実は意外な車も元鳴尾車だったり…
1.名古屋市交通局のPJ-KVについて
2.鳴尾にいたPJ-KVたちの解説
3.どうして鳴尾からは消えてしまったのか
1.名古屋市交通局のPJ-KVについて
まずPJ-KVについて。
今まで紹介してきたのは2005年度に入ってきた青シールのPJ-LVであり、会社もいすゞ・エルガでしたが今回の車両はPJ-KVであり、日野・ブルーリボンIIという会社が違うだけの車です。ただし見た目はそこまで変わりません。ハンドルで見分ける以外ないです。
↑名古屋市営バスのPJ代。左はPJ-KV、右はPJ-LV。外見上の違いはシールの色くらいだろうか。路肩灯とか言い出すとキリが無いのでここでは大まかな違いのみにしておく。
2006年度は140両のうち、110両はPJ-KVが、残りはRAが入ってきました。またこの年のみ各車庫2台ずつ配置という特殊な形で納車が行われ、NH-66からNH-175までの計110両が納車されました。
2.鳴尾にいたPJ-KVたちの解説
このうち鳴尾には、NH-74・75・94・95・114・115・132の合計7両が配置されました。
ここからは全7台解説したいと思います。
先にお断り。データが残ってないものが多いため鳴尾時代の活躍はわかっている個体のみ書きます。
NH-74 (現:大森)
NH-74は2006年度の新車のトップナンバーとして鳴尾に配置されました。主に新瑞14と神宮15で走っていたようです。この車は2009年末頃まで鳴尾に在籍し、緑で桜通線徳重開業まで走ったあとは大森に配置されました。75・94・95も同じ経歴です。
ただ再塗装をしていないのかかなりボロボロのようで、前面の一部がかなりボロボロです。
また、走行音もかなり独特な音を奏でるためPJ-KVの中でも1番2番争うレベルの音がなります。
2022年11月からは大森に新製配置されたNH-84を差し置いてレトロカラーバス(最後の花バス)になりました。そのためにわざわざ広告枠を外しています。
↑現在のNH-74。花バスカラーのためすごく色鮮やかである。
↑NH-74の原色。かなり色あせてることが分かる。この時はレトロカラー化直前で、広告枠が撤去されていた。ちなみに中の人もあとから気づきましたが入口のシールの下にICカードのやつがありませんね()
NH-75 (大森)
NH-75は前述の74と同時に納入されました。鳴尾時代は主に金山19の潮見町行きなどを中心に運用されていたようです。2009年に鳴尾から緑に転属し2011年3月に大森に転属しています。
この車の特徴はなんと言っても現在在籍する市バスの車の中でも1番2番を争うレベルで塗装が剥がれてることです。下地までは見えてませんが前面の塗装がだいぶ剥がれてるのが特徴です。
↑NH-75。前面がかなりボロボロである。この日は茶屋12の茶屋ヶ坂折り返しで走っていた。
NH-94 (大森)
NH-94も基本経歴自体は上の2台と一緒ですがこの車もかなり癖があり、まずラッピングを巻いています。また走行音もかなり独特でこちらは電気自動車みたいな音がします。(個人差はあります。)
こちらも相変らず前面がボロボロで、どんなことしたらこうなるんだレベルできたいです。
↑NH-94。この車は大森に来てからラッピングをされていて、現在もアールギャラリーのラッピングをまとっている。こちらも前面がかなり汚い。
NH-95 (大森)
NH-95は前述のNH-94と同時に納入されましたが、この車はなんと言っても大森転籍組の中で唯一塗装が剥げてないこと。逆に特徴はそこだけ。おそらく大森にいる鳴尾出身組ではいちばんまともな個体だと思います。中の人はRAが来るはずの本郷11で当たったことがあります()
↑NH-95。これだけカメラの都合で少し違う気がしますがそこは気にせず。この車は上の3台よりかは10倍くらい綺麗です。
NH-114 (御器所)
NH-114は鳴尾に来たまでは一緒ですが、転属時期は大森にいる組と一緒ですが違うのは当時御器所にいたNH-11とトレードする形で御器所に移籍し、現在まで御器所にいます。唯一地下鉄徳重開通が関連してない車?と言えるでしょう。ダイヤ面とかでは少しは影響してるような気もしますが…
↑NH-114。今までの大森組とは違いこちらは塗装とシールが綺麗。御器所のPJ-KVは綺麗な個体が割と多い。
NH-115 (中川)
NH-115はNH-114と同時に鳴尾に配置されました。
ただこの車は今まで紹介した5台とは違い、2010年5月にNMS-88とトレードする形で野並に移籍しました。
野並での活躍はあまり長くなく、地下鉄徳重開業の時に中川に移籍し、現在に至ります。
↑NH-115。こちらも委託にいる組と比べて塗装はかなり綺麗である。
NH-132 (野並)
NH-132は鳴尾PJ-KVのラストナンバーで、この車のみ単独で鳴尾に配置されました。鳴尾時代は栄21系統や金山19系統、野並19系統(現鳴子15)などで走っていたようです。
この車もNH-115と同時に野並に転属しそのまま野並にいます。2回3回の転属が当たり前の元鳴尾PJでは珍しく1回しか転属していません。
↑NH-132。野並にいようがいなかろうが野並との繋がりが強かったのかもしれない。
3.どうして鳴尾からは消えてしまったのか
理由は色々ありますが当時は低公害車の環境下でいらない子となってしまったことが挙げられます。
また鳴尾の路線環境に合わなかった可能性も否定はしきれません。
PJ代の変速パターンは床まで踏んでも決まった回転数でしかギアが上がらず加速したいのに上がらないなんてこともざらにあったらしいです。(MP38に比べればだいぶマシだと思う)
さらにRAという上位互換までいたためその結果PJ-KVは放出されてしまった形です。
ちなみにRAには高速車に抜擢するために必須の設備であるABSを搭載しておりそれが原因で命運を分けてしまった…と思われます。(RAはそのまま高速車に格上げされ系統廃止まで高速と基幹双方を支えていた)
↑RAとNH-132の並び。もし今も残っていたらこの並びは鳴尾の系統で見ることが出来たのかもしれない。
今回の鳴尾のPJ-KVはどうでしたでしょうか?
当時の資料が少なく内容としては大分薄くなってしまっていると思います。
ちなみに一部車両はどこで走っていたかの文献などが一応あり昔のブログなどから大まかですが算出したものを載せています。
参考にした資料
NH-74↓
http://blog.livedoor.jp/t760699/archives/51290979.html
↑市バスの日記 アンジュナ様
NH-75↓
http://nagoyacitybus.kakurezato.com/s-hino.html
↑まるはち・バスルーム様
https://blog.goo.ne.jp/yoichiro1221_train223kei/e/1e6f1bf65e3a2a7db90897914858bf4c
↑斬剣次郎の鉄道・バス斬り様
NH-115
http://blog.livedoor.jp/tbc_seika1045/archives/51183348.html
↑利奈営業所日記様
NH-132
https://blog.goo.ne.jp/mitake3067/e/cc956776dcace9fa78d309fb17af1977
↑mitakeつれづれなる抄様
http://blog.livedoor.jp/t760699/archives/51344158.html
↑市バスの日記 アンジュナ様
http://blog.livedoor.jp/nagoyasieibusns74/archives/50852737.html
↑NS74様(前回登場当初のNKSの写真を提供してくれた人)
ここで紹介した車両のうちNH-95とNH-115以外は今年度中に廃車される予定なので記録はお早めに!
次回は既にためが2個あるのでどっちかになると思います。もしかしたら別で何か作るかも?